2024.1.22

スタートアップがやるべき支出管理 ~四大監査法人出身マネージャーが語る「不確実性の時代を生き抜くために~【イベントレポート】

支出管理は企業における支出プロセスを包括的にカバーする為、コスト削減、リスク管理の文脈に捉えられがちです。しかしながら、不透明な金融市場に直面する今、スタートアップの中では収益性を高め、バリュエーションをあげる意味での「支出管理」が注目されています。有限である経営資源を最適配分し、スタートアップがトップラインを伸ばしつつ収益性を高めるにはどのような取り組みをしていくべきなのでしょうか。

今回のイベントでは、前職・現職を通じて多くのスタートアップを見てきた公認会計士であるUPSIDERの佐藤英則氏が、アルプからはコーポレート領域の執行役員であり公認会計士の堀貴裕氏が登壇しました。


目次
1.支出管理の全体像
2.予算編成
 2-1.関連部署との数字算出
 2-2.PLの予算編成
 2-3.PLからキャッシュフローの算出
 2-4.ゼロベース予算編成の事例紹介
3.予算統制
 3-1.支払いの実績管理
 3-2.予実分析
 3-3.再予算編成
 3-4.事例紹介①
 3-4.事例紹介②
4.まとめ



登壇者紹介


堀 貴裕(ほり たかひろ)
アルプ株式会社・執行役員、VP of Corporate 公認会計士

2010年に公認会計士試験に合格し、大手監査法人に入社。大手監査法人では会計監査及び内部統制監査に従事。20年に株式会社メドレーに入社。メドレーでは経理業務及びJ-SOX業務に従事。21年にアルプに入社し、経理・労務、総務等のコーポレート部門を担当。


佐藤 英則(さとう ひでのり)
株式会社UPSIDER・カスタマーサクセスマネージャー 公認会計士 

2013年新日本有限責任監査法人(現EY新日本有限責任監査法人)入所。大手メーカーの法定監査及びIPO支援業務に携わったのち、2021年4月に株式会社UPSIDERに入社。管理部門を所掌する傍ら、法人営業にも関わる。2022年には財務責任者として467億円のデットファイナンス実行を主導し、その後はカスタマーサクセス、エンタープライズユーザー開拓などのビジネスサイド特化の会計士として活動中。


1.支出管理の全体像


(佐藤氏)2022年からこの一年半くらい国際的にじわじわと金利が上がり、市況に大きな変化が起きています。海外ではシリコンバレーバンクの破綻、国内でもダウンラウンドIPOが大きなニュースになるなど市場や調達環境における変化を肌で感じている方も多いと思います。

弊社でも2022年10月にリリースした資金調達では交渉に苦労し、自社のビジネスに対する収益構造やエコノミクスの変動をきちんと理解して説明する必要性を強く感じました。出資者からみて魅力的に映るような体制への転換をはかるため、自社のコスト構造を理解し、その上で管理していくことは非常に大切です。特に高成長と利益体質の両方を求められるスタートアップでは尚更です。


(堀氏)今回は、支出管理全体の話を、予算管理と絡めて説明します。

予算管理は会社運営のために必要な活動であり、その目的は大きく二つあります。一つ目は会社が目指すべき姿を全社員に共有し目標設定を行うこと、二つ目は将来の収益予測や資金予測を適切に行い、経営の安定化をはかることです。弊社のようなアーリーフェーズの会社では、予算管理によって最適な経営資源の配分を行うことと開発期間など売上を伸ばすための適切なランウェイを確保することが非常に大事だと考えています。



2.予算編成


(堀氏)予算管理は予算をつくる予算編成の部分と、実績を管理していく予算統制の二つに分解されます。予算編成は支出管理を行う上で将来の目安を定めるための活動です。ここでは、試しに比較的数字を見積りやすいPLの予算を作成してからキャッシュフローを導いてみたいと思います。


2-1.関連部署との数字算出

(堀氏)PLの予算編成を実施する場合には、いくつかの項目で担当分けを行って関連する部署と協力して行います。

売上の予算については営業部門と協力して数字を算出しますが、営業部門は管理会計ベース(例えば受注額全体)で営業成果を測定することが多いので、財務管理とズレが生じることが多々あり、十分に注意が必要です。例えば12カ月の継続課金の案件を受注した場合、営業部門はその受注金額全体を受注月の成績として管理しますが、財務会計においてはその中の1カ月分を月次の売上として認識します。財務会計と管理会計の接続を無視して計画値を引いてしまうと、営業部門とコーポレート部門で追っている数字に関連性がなくなってしまいます。

人件費については人事部門と協力して算出することになります。ここでは採用時の成功報酬の見積に留意しましょう。昨今の相場であれば年収の30〜40%程度が入社時の成功報酬として発生しますが、忘れてしまうと計画と実績に乖離が生じてしまいます。リファラル採用の場合は、成功報酬は発生しないため、過去の採用経路の実績等から成功報酬の期待値を計算し、予算に反映してあげることが大切です。

それ以外の諸経費や税金予算についてはコーポレート部門主体で行います。特に税金については精緻な見積を行うことが困難なので、税務申告において大きな加減算項目がないようであれば、営業利益に実行税率等を乗じることによって簡便的に計算することがコスパの良い対応になると考えています。



2-2.PLの予算編成

(堀氏)以上の話を前提として、PLの予算編成を実施します。

PLの予算からキャッシュフローを計算しますが、その際はタイミングと消費税に注意してください。タイミングとは実際の入出金タイミングのことですが、売上を立てるタイミングと実際の入金ないしは支出をするタイミングは異なります。 このとき、人件費や減価償却、租税公課については加味する必要はありませんが、消費税を忘れてしまうと出来上がりの数字が10%ずれてしまうので注意しましょう。法人税についてはPL概算計上額をベースに支出額を計算し、消費税は簡便的に計算するのが良いと思います。

具体的には営業利益をあげて、そこに消費税が発生しないPL項目を足し、その数字に消費税率10%を乗じることで簡便的に納付額を算出することをオススメします。



2-3.PLからキャッシュフローの算出

(堀氏)それではPLからキャッシュフローを実際に導いていきたいと思います。

今回のケースでは売上については前月末払い、費用については翌月末払いと仮定しています。当社のようにSaaS企業であれば前受けでビジネスを行うことが多く、このような収支タイミングになることがよくあるからです。

1月のキャッシュフローを計算する場合、予算編成で作成したPL予算から売上は2月、費用は12月の数字を引っ張ってきます。そこに消費税の10%を乗じることによってキャッシュインフロー、キャッシュアウトフローを計算することが可能となります。人件費は12月の数字をそのまま引っ張ってきて計算します。 

人件費のうち折半となる社会保険料や源泉所得税、住民税の特別徴収なども加味すると更に正規のキャッシュフローを見積ることが可能です。



(堀氏)今回お話したのはキャッシュフロー計算書を直接法で作成する方法です。間接法でもキャッシュフローは計算できますが、どこにいくらキャッシュが流れていくのかという観点での管理に主眼を置き、直接法に近い形でキャッシュフローの予算を作成しました。


2-4.ゼロベース予算編成の事例紹介

(佐藤氏)キャッシュフロー予算の具体的な話からは外れてしまうかもしれませんが、一つ事例を紹介します。部分的にピンポイントでゼロベース予算を導入しコスト削減に成功した事例です。

ゼロベースとは前年の予算を考慮せずに、コスト内容の精査のもと、文字通りゼロから予算を組み上げていく手法です。昨今のように市況が不安定な時代に効果を発揮する手法として昔から知られています。前年踏襲型のなんとなく必要と思い込んでいるコストをゼロから見直すことで筋肉質な予算編成が可能になる反面、手間がかかり、現場の部門に大きな負担をかけてしまうことが問題点です。



(佐藤氏)ある会社では部署単位で対象を選定して、その部署のコスト削減を一気に進める手法を採っていました。管理部門と対象の部署との二部署のコスト削減を進められていましたが、管理部門以外の部署にPLやパフォーマンスを改善していく必要がありました。そこで、トップダウンで一気に押し進めることでゼロベース予算でのコスト削減に成功しました。



3.予算統制


(堀氏)次に予算統制についてです。予算統制は実績の管理、実績と予算の比較、予算への再反映の三つを行う活動です。

3-1.支払いの実績管理

(堀氏)まず実績管理については、どんなに綺麗な予算を作ったとしても実績が管理できていなければ意味がありません。弊社では支払い管理表を作成し、支払い管理、資金繰り表用のデータ、会計仕分け用のデータ、未払い金チェック用のデータをまとめて管理しています。



(堀氏)支払い管理表は請求書を受領したタイミングで必ず更新するようにしています。そして表のステータスをもとに支払い漏れがないか管理します。次に支払いが行われると支払い済みのステータスのものをフィルタで抽出し、資金繰り表にそのまま転記できるようにしています。支払い管理表のデータと銀行APIで取得した入出金明細をかけ合わせることによって、都度資金繰り表を更新できるような仕組みにしています。

また、会計計上月の欄を設けることによって、その支出が何月の費用なのか、前払い費用なのか計上する時に分かるようにしています。最後に未払いのフラグをつけることによって「請求書を受領したがまだ支払いを行っていない請求書の内、費用計上すべきものがないか」という観点での確認ができるようにしています。これを行うことでBSの中に未払い金が計上されているかを確認することができます。

このように支払いを漏れなく正確に管理するとともにその後の予算実績管理がしやすいような工夫を行っています。


3-2.予実分析

(堀氏)実績が固まったら次に行うのが予実分析です。予算と実績を比較し、例えば予実差が100万以上のものや変動率が10%以上の項目に着目し、なぜ大きなズレが発生したのかを分析します。いたずらにすべての項目をチェックする必要はなく、会社の規模に応じて適切な分析対象を設定することが大事です。



(佐藤氏)スタートアップ企業では採用計画の未達による人件費の予算比マイナスがよくあるパターンだと思います。会社ごとに予実の乖離幅や予算の見直しの頻度も違いが出るところだと、多くの会社を見て感じました。


3-3.再予算編成

(堀氏)最後に実施するのが再予算編成です。予実分析をもとに、その差異の原因が経常的取引に起因する場合は翌月ないしは翌期の予算に反映することで予算の正値化を図っていく活動です。

差異の原因が経常的取引ではなく、非経常的なものや臨時的な取引であった場合はその旨を記録しておくことが大事だと思います。そして、そのトランザクション自体を事前に把握できていなかった場合は、適時に情報をキャッチアップできるようにオペレーションや体制の見直しを実施していくことが大事です。

これらの活動を繰り返し行っていくことによって、適切な予算管理、ひいては支出管理の土台をしっかり固めることができると考えています。


3-4.事例紹介①

(佐藤氏)実際の予算管理を通じてコスト削減を行ったケースについて、二つ事例をお話します。

一社目はCFO主導でコストカットを実現した例です。この会社は事業自体は伸びていましたが、コストの見直しがあまり行われず、毎月のバーンレートも悪化している状況でした。



(佐藤氏)そこで行ったのが、採用計画の抜本的な見直し、SaaSのライセンス・プランの見直し、オフィスとして借りているフロアの一部解約などです。フロア解約には違約金もかかり、半年ほどの期間を要した活動になりましたが、月1,000万〜1,500万くらいのコスト削減に成功し、単月黒字を目指せる状況になりました。

コスト削減は、「本当にこのコストは必要か、妥当な値段か、代替手段はないか」といった視点で見直すことが必要です。それに加えて、経営陣がどこまでコミットメントできるかも、成功を左右する要素といえます。メンバー含め全員でコストに対する意識を高めていく風土づくりも大切ですが、コスト削減はメンバーのエンゲージメントを下げる懸念もあるので、バランスを取りながら進めることも肝要です。


3-1.事例紹介②

(佐藤氏)二社目は、費用を見える化しコスト削減体質を実現した事例です。こちらの会社はM&Aを繰り返したことでPMIにかなり手間取っていました。買収した会社に弊社が提供する法人カード「UPSIDER」を導入していただくことでコストの見える化を実現し、予実分析や業務フローの統一がスムーズに行われるようになりました。

費用の見える化を進めることでコスト削減の余地がどこにあるのかも必然的に見えてきます。弊社にはサーバー代が5%削減するようなプランもあり、そのこともコスト削減に繋がったようです。結果として年100万以上のコスト削減に成功しています。



4.まとめ


(堀氏)スタートアップがやるべき支出管理として大事なことは以下の三つになります。



最適な経営資源の配分には、限られた経営資源をどこに配分するかを予算編成の段階でやっていくことが重要です。そこで立てたPLからキャッシュフローを導くことで、実際に予実管理ができるようなキャッシュフロー体制を導き出すことが可能となります。最終的に再予算編成を行うためにPDCAをしっかり回していくことで、スタートアップが厳しい環境でも、しっかり成長を続けながら無駄な予算を使わずに収益体制、利益体制になっていくことが実現できると思っています。


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